1991年
1923年フランス中部、中世を色濃く残す街でその偉大なレースは始まった。ル・マン24時間レース。この、世界最大の華やかで過酷なレースで、ダンロップはタイヤメーカ−最多の34回、優勝の栄誉に浴している。 第二回の1924年にはブルティッシュレーシンググリーンのべントレーが、25年にはフランスのラロレーヌが勝利を掴み、その後1931年までダンロップは8連勝に輝いている。この後も50年代には革新的なダンロップ・ディスクブレーキ/ダンロップ・ディスクホイールを装着したDタイプジャガーの連勝を始め、5回もの勝利を獲得し、70〜80年代はダンロップポルシェで9回もの勝利を飾っている。ドイツ生まれで日本育ちのヴァンケルエンジン、つまりロータリーエンジンの開発に全力を注いだマツダ(東洋工業)は、走る実験室をル・マンに求め、1970年代からこの耐久レースへのチャレンジを開始した。そして長い道程を経て、ロータリーエンジン最後の年、1991年にダンロップタイヤを履くレナウンチャージマツダ787Bによって、日本メーカー初の悲願の優勝を果たした。この時、そのチャレンジスピリッツに多くのフランス人が「わが国の事のように」声援を送っていたという。決してあきらめることのなかったスピリッツを、感動と共に静かに称えた広告。